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朝外に出たら急に寒くなっていて驚いた。
寒いと自然に早足になるが、はっちゃん(秋田MIX♂9歳)もいつもより少しさっさと歩いていた。
堤防ネコさんたちはわたしたちが近づくと顔を出して見張っていたが、はっちゃんは知らん顔で匂い嗅ぎに熱中。
今日は漁村探索をせずにそのまま引き返した。
ロングコースを歩いた翌日は短めになることが多い気がする。
それでも本人の希望なので満足度は高いようだ。
家の前でしばしくつろいでから庭に入った。
ところで、ヴィーガン心理学者であるクレア・マンのサイトを見ていたら、「多いやるのある子どもを育てる」という記事があった。
PONOPONO犬育てはヴィーガニズムに依拠しているので、犬をはじめその他の動物を思いやりの対象にするというのは非常に重要なことだ。
この記事でクレアは、犬を殴打するという虐待をしていた人の事例を紹介しながら(犬は救出された)、非常に多くの「タフな」人々が、動物への思いやりと配慮は弱さの兆候であると言われた経験を持っていると指摘している。
子どもは、世話をしてくれる人に認められようとして、とことんまで努力することが、多くの研究で明らかになってる。
アリス・ミラー著 The Drama of Being a Child: The Search for the True Self(2008年)によれば、子どもは拒絶されるのを避けるために、「泣くのをやめなさい、赤ちゃんじゃないんだから」と言われると、恐怖、悲しみ、恥、思いやりといった自分の感情に蓋をしてしまうことがあるという。
極端なケースでは、自分の感情を経験する権利を否定された子どもは、自分が何を感じているのかわからなくなったり、親にとって受け入れがたい感情を引き起こすものに対して無感覚になったりする。
思いやりや共感は弱さの象徴であると教えられた子どもは、そのような感情を否定したり、無意識の奥深くに隠してしまったりする。
弱さを感じさせるような反応は、以前に感じた辛い記憶を呼び覚ますので避けるようになるというのだ。
これを読んで、まさにかつての自分のことが書かれていると思った。
わたしも全くこのように育てられたので、自分の感情がわからなくなっており無感覚になっていた。
長きにわたり「かわいそう」という言葉はわたしの辞書に存在しなかった。
すっかり大人になってからも、回復するのに非常に時間がかかっている。
わたしたちは、動物への思いやりに欠ける行動を目にすると困惑し、残酷な人だと決めつけたくなる。
だがその人はタフであることを強いられて、感情に蓋をしてきた人なのかもしれないということを知っておきたい(だからといって残虐行為が許されるわけではないが)。
クレアは子どもたちの思いやりを促進するために、子どもが自分の感情を経験する権利を与えることを提案している。
子どもの感情をからかったり否定したり辱めたりすることは、思いやりの発達に悪影響を及ぼすので避け、人や動物への共感や思いやりを経験するのを助けるように促している。
これはありがちな思いやり論とは一線を画していて興味深い。
先日取りあげた「みいちゃんがお肉になる日」で言えば、こういう話を読んだ時に、「かわいそうだから殺すのやめよう」と泣き、「もう肉は食べたくない」という子どもをバカにしたり笑ったり諭したりせずに、その気持ちを肯定し尊重することが思いやりを発達させるということだ。
子どもが周辺にいない人は、子ども時代の自分にそう言ってあげるといいかもしれない。
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